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高崎神社

神道とは

一万数千年の時を超え、現代に伝わる神道

神道は我が国土で芽生え、我が国土のほど好い自然環境が育んだ日本固有の信仰であり、仏教の釈尊、キリスト教のイエス・キリスト、イスラム教のマホメットのような創始者の存在しない自然発生的な信仰を源としている広い意味での宗教なのです。
自然発生的信仰とは、私達の遠い遠い大昔の祖先等、今から一万数千年前までも遡る縄文時代、縄文人に人としての意識が芽生えはじめた頃、この太古の人達の、ごく平凡な日常の営みの中で、誰しもが共通に抱いた信仰が集約化されたものなのです。
神道は、祖先崇拝の信仰と、自然崇拝の信仰とを、二本柱としていると、学問的に説明されますが、これは、自然発生的な縄文の信仰が、神道に継承されている証左ともなるのです。

今から一万数千年前までも遡る、世界でも最古層の信仰が、神道を通して、現代日本に継承されているということは、世界の驚嘆に価し、日本人として、世界に向かって誇るべきことなのです。
神道は、この自然発生的な素朴な信仰を骨子として、展開されているのです。
日本最古の古典、古事記序文には「二霊群品の祖と為れり」と記述されております。即ち二霊、男神伊邪那岐命と女神伊邪那美命によって、わが国土、わが神々、わが民族はもとより、天地万物までが生み為されたのです。
二霊を祖神として同じ祖神から生み為されたと言うことは、神も、人も、万物までが、密接不離の関係で結ばれていることなのです。
この神と人との密接不離の関係は、換言すれば、神と人とは、親と子、祖先と子孫の間柄で結ばれていることなのです。
現代人は、明治になってキリスト教の布教が盛んになり、初めのうちは、ゼウスとか、天主と称していた対象が、いつの間にか、ラジオとか、小説を通して、神と翻訳されることが定着し、神とは、一神教で称する神、この神を神として連想するようになりました。

神は、人とはかけ隔たった崇高な存在であり、神と人とは異質なものとして、認識するようになったのです。
古事記序文の「二霊群品の祖と為れり」は、神と人との関係を、一神教で説く造物主と被造物との関係、即ち造ったものと造られたものとの隔絶された関係ではなく、血の繋がった親と子、祖先と子孫の間柄であると説いているのです。
この神と人と、又天地万物との親密な関係をもととして、神道は展開され、その世界観、自然観、人生観が形成されるのです。

神代系図
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