高崎神社

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小室哲哉氏と中島みゆき氏・松任谷由実氏の相違点

 作曲家、演奏家として、一世を風靡した小室哲哉氏が詐欺罪容疑で逮捕されることとなった。小室氏は確か、昭和六十三年のNHK紅白歌合戦に、初めて登場し、クローズアップされた。昭和六十三年は、バブル経済の絶頂期であり、バブル経済の波のなかに浮上した象徴的な人物であったとも言える。
 小室氏は、平成六年から十一年にかけて大躍進して、小室ブームを巻き起こした。平成六年と言えば、バブル経済に綻びが生じ、やがてバブルは弾けて、我が国は、混乱と混迷を重ねることとなり、平成九年に、山一証券と北海道拓殖銀行が、十年には日本長期信用銀行等が相次いで破綻した。
 昭和六十一年から平成三年までを、経済的バブル期とすれば、その後もバブル的風潮は継続して、平成六・七年頃から精神的バブル期に移行したとも観じられる。平成六年から十一年にかけての小室ブームは、精神的バブル期を象徴した現象であったとも言える。
 小室氏の破滅は、バブルに踊り、バブルに合わせて躍進した体質、このバブル的体質から脱皮できなかったことに、一因があったのではなかろうか。時代の流れに沿って、バブル的手法に替わる、新たな手法を編み出せなかったのである。
 昨年8月28日付の産経新聞に、伊藤雅光・国立国語研究所文献情報グループ長の調査内容が掲載された。それによれば、日本を代表する女性シンガー・ソングライターの中島みゆき氏と、松任谷由実氏の歌詞に出てくる外国語の割合が、70年代のデビューから90年代後半までは増加し、2000年即ち平成十二年以降は、減少に転じたとのことである。
 伊藤氏は、「二人は英語やカタカナを多用し、時代を先取りして多くのヒット曲を生んだが、外国語の新鮮さが薄れ、日本語への回帰現象が起きているのではないか」と分析している。伊藤氏は、二人の外国語から日本語へのシフトを、日本語回帰現象と分析しているが、日本回帰現象が、日本語回帰現象をもたらすこととなったとも分析できる。
 二人は、平成十二年を境として、外国語から日本語へシフトしている。平成十二年を境にして、人々の意識に、何か大きな変化が生じてきた。それは、意識的、論理的にではなく、無意識のうちに、人々の心の深層に変化が生じてきたのである。
 日本を代表する女性シンガー・ソングライターとしてのポジションを維持するためには、何時も時代の動向を細心の注意を払って観察し、時代を先取りして、時代の尖端を切らなければならない。この二人の宿命が、その閃きによって、日本回帰の時代の息吹をキャッチしたのである。
 今、演歌がヒットして、ブームになっている。演歌は100%日本語である。二人の外国語から日本語へのシフトは、八年先の時流を、その閃きによって、見事に読み取っていたとも言えるのである。
 それに対して、バブルに染まった小室氏には、バブル後の時代の息吹が把握できなかったとも言える。小室氏も一時、日本をテーマとする歌謡にも挑んだが、結局、物にならなかった。小室氏の今でも変わらないバブル的体質が災いしたのである。

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