高崎神社

2008年05月アーカイブ

生命継承の軌跡 その2

 鎌倉幕府の歴史をしるす「吾妻鏡」によれば、源氏の家人として衣笠城を守備する相模国の豪族三浦氏は、平家の家人として頼朝追討軍に加わる武蔵国の豪族畠山重忠たちに攻められた。そこで、三浦氏の長老義明は討死することになるが、義明は子の義澄らとの別離にあたり、「いま老命を武衛に投じ、子孫の勲功を募らんと欲す。汝ら急ぎ退去し、彼の存亡を尋ね奉るべし」と語ったとある。
 三浦氏一族は、源家の嫡流頼朝に一族の命運をかけたのである。義明は老い先短い命をすて討死することによって、その勲功により、子の義澄をはじめとする子孫が、褒賞を受け報いられることを期待したのである。己の命よりも、子孫が繁栄することが、義明にとっては道理に適った正道であったのある。
 今夏、北京で五輪が開催されることになるが、オリンピック発祥の古代ギリシャでは、競技で優勝した選手の名を記念碑に刻む場合、その選手の名と共に、父親の名も併せて刻んでいた。親と子は、一体のものとして認識されていたからである。
 親と子を一体とみる観念は、古代ギリシャばかりではなく、洋の東西を問わず、古代においては、人類共通の認識であったと言える。
 義明は死すとも、親と子が一体のものであるならば、その命は、一体の生命として、子から孫へと更々に継承されていくのである。
 古代ギリシャより継承される現代のオリンピック、抽象的な世界平和、国際親善云々よりも、古代人が抱いていた親子一体の理念を、スポーツを通して甦らせることが、日本にとっても、世界にとっても、最も必要となっているのである。

line
ページ上部へ