高崎神社

2008年04月アーカイブ

生命継承の軌跡 その1

 神社祭祀における主要な祭典の祝詞奏上では、祝詞の結尾の章句の前に、子孫の八十続五十橿八桑枝の如く立栄えしめ給へ。 ― うみのこのやそつづき、いかしやくはえのごとく、たちさかえしめたまへ ― と、即ち、子孫が樹木の切株から、次から次へと、新しい芽が盛んに生えでるように、繁栄して行きますようにと、子孫繁栄祈願の章句が述べられる。神道は子孫の繁栄を祈る信仰であるとも言える。
 主要な祭典で、必ず子孫繁栄祈願の句が述べられるのは、子孫繁栄が、往古から代々の祖先等を経て継承されてきた先人等の最大の眼目であったからであると言える。
 先人等が、いつも子孫の繁栄を祈る心情に、先人等の心底が窺える。先人等も、ただひたすら子孫の繁栄を願う高潔な心の持主ではなく、生に対する強い願望を抱いていた筈である。
 古代中国において、最初の統一国家を築いた秦の始皇帝も、生に対する強い願望を抱き、不老不死の仙薬を求めた。方士である徐市の言を受け入れ、海の彼方へ仙薬を求めて、幾千人の童男童女を派遣し、海の水泡と化してしまったという伝えがある。
 先人等は、秦の始皇帝のような大それた望みは抱かなかった。地道に永久の生を求めたのである。己が生命の分身である子に、又孫へと、更々に己が生命が継承されていくようにと、それなればこそ子孫繁栄が最大の眼目となるのである。

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